ままならない

SNSで失った日本語能力をブログで取り戻す

恋人がいなければ、ホストに貢ぐのに


○○なら、××なのに。


英語でも習う仮定法、
(フランス語なら条件法)、

実際には起こってないこと、
もしくは未来であり起こるかわからないこと、
って習ったのですが、
得てして 起こらないこと だと思うんですよね。


結局、○○を理由に××をしていないだけで、
××しない理由を○○のせいだということにして、
行動に移さないことを正当化してるんですよね。

本当に××したいなら、こんなふうには表現しないと思うんです。
なんとしてでも手に入れようと努力すると思うんです。
どこかで諦めたり、予防線を張ったりして、
つまりは××する気は無いんですよね。


だから○○の条件をクリアしても、
××を取り組むことはしないし、結局できない。
ただただ ○○' が生まれて、また新しい言い訳としてその構文が存在し続けます。

だいたいの○○は、自分ではどうしようもないことが用いられます。その方が楽ですから。自分の外に原因を作る方が心地よくて、そしてそれを批判する方が時には何かに着手するためのエネルギーになったりもするんですよね。

でもそのエネルギーは一時的な荒治療で、
むしろエネルギーの前借りで、
自分の身を削っていることにすぎない。
結局どこかで歯車が合わなくなる。


スターウォーズでダークサイドが強いのは、理にかなってると強く思います。
そしてそれが身を滅ぼすことも、一度入ってしまうとなかなか抜け出せないことも、そしてあらゆる不幸を生み出すことも。





あ、題名に他意はないです。

おわり。

一度死んだ人間は強い

 

私は一度死んだ。

死んでいた、とも言えるかも知れない。

うまく表現ができないのだけれども、いつキッパリ死んだわけではなく、かといって時間をかけていたわけでもなく、死に始めてから死ぬまで、一年くらいかかった。

 

死んだ、と過去形にできるのは、それが何か''点''的な時間軸で起こったことだからではなく、いま、生まれ変わった(ている)からだ。生まれ変わりが始まったから、過去の自分を見て、死んだと言える。

もちろんそれも始まった瞬間からわかっていたわけではなくて、この半年くらいを顧みて、いま自分が生きていて、昔の自分が死んだことがわかる。

 

 

中学生のころまで、自分は天才だと思っていた。

高校生のころは、おそらく高校デビューをして、相当調子に乗っていたと思う。かなり周りを振り回したし、厄介者だったし、でも自分は大人だと思っていた。

 

決して暗い子ではなかったはずだ。どちらかというと陽気な、というよりもなんかヘラヘラしていたと思う。

普通に生活できていた。大きな問題は起きなかった。おそらくギリギリのところで起きなかった。周りに人がいると、本当の自分を出せなかった。出す術を知らなかった。そのおかげで、壊れずに済んでいただけだと思う。

だから本当はかなり不安定だった。その不調には気づいていたけど、見て見ぬふりをしていたのか、ほっておいたのか、ただなにもできなかっただけなのか、あるいはその状況を少し楽しんでいたのか、今になってはわからない。

 

なんとか壊れずに高校生活は過ぎ去ったものの、それはただ運がよかっただけで、何も解決はしていない。たまたま高校生の時に壊れなかっただけで、高校生のときに感じていたことは、その後やってくる崩壊の原因の要素にはなっている。要素ブロックを積み上げつづけていただけに過ぎない。

 

大学生になるとブロックを積み上げるスピードがはやくなったし、一部崩壊は何度も起こしていたと思う。年月を重ねるごとに谷の底はどんどん深くなっていった。

パリに留学しているときも、「人生最大級の暗闇」と言っていた。(あとからその発言は更新されることになるが。)自分が本当にやりたいことをやっているのに、ホームシックにもなっていないのに、好きで好きでたまらない土地に住んでいるのに、意味がわからなかった。

 

そして大学3年生の6月ー2016年6月、死んだ。

 

大学3年生1年間の記憶がない。何をしていたのかわからない。どう生命体を維持していたのかわからない。

 

1年間棒に振ったな、と後悔したこともあった。

わかりやすい指標で表すと、大学二年生が終わった時のフランス語のレベルと、大学三年生が終わった時のフランス語のレベルが、まったく変わっていなかった。新しい知識がひとつもなかった。(これは私にとってかなりの屈辱である。)

 

けれども、恋愛やら就活やら家庭環境やらお薬やらの要因が密に絡まりあって、いま、びっくりするくらい違う人間として生きている。

だから、避けられない、必要な、1年間だったんだな、と思えるようになった。

 

たぶんこれは休学していなかったらここまでの真人間に生まれ変われなかったと思う。

「今、社会に出てはならない」と思った2017年8月の自分、ナイス判断。

 

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ここで夜ご飯を食べたため何をいいたかったのか忘れてしまった。

 

とにかく、これからも生き続けるぞ。

 

 

以上、備忘録として。

大学生活のこと 〜編入前といま〜

先日の編入学のことのブログ、たくさんの方に読んでいただいてびっくりです。
おかげで次の記事を書くのが怖くなりました。


勉強してないとか言ってたけどどうせバイトもせずに大学だけ行ってたんでしょ?
とか
結局のところいま名古屋で何してるの?
とか
そんな質問が聞こえて、
きてはないのですが慢心な私の親指が勝手に動いてしまっているので、書きます。

厨二病感が凄い。
「俺の親指が疼く」と書かなかっただけ許してください。


結論を先に書くと、
サークル入ってもバイトしても編入試験合格するよ、
編入学を理由に今の大学生活セーブしてるとろくなことないよ
っていいたいだけです。



*編入前*

【サークル】
自大学の旅行サークル、そして慶應大学のクイズサークルに所属していました。後者の方はとある理由で3ヶ月後に退会してしまうのですが、どちらもとても楽しかったです。

いま思い出しました、旅行サークルも恋愛のいざこざで1年で退会していました。のちの大学生活で気まずい思いをしなくて済んだのは編入したからかもしれません。もしかしたら私、サークラだったのかもしれません…退会してからも飲み会に参加して同期を潰しにかかってました…あと一回でいいのでまた参加したいです。これ読んでたら連絡ください。

【バイト】
かなりの種類のバイトを経験してきました。一日の単発モノはもはや覚えてないです。楽ちんだったのは、何かの試験のテストプレイです。テストを受けるだけでお給料がもらえる神バイトでした。

◎球場の売り子さん
高校卒業後すぐに始めました。おのののかさんが有名になる前で、倍率もそんなに高くなかったです。今考えると辞めたことが本当に惜しいですね。

・辞めた理由
盗撮されたから。
まだウブだった私にはキツかったです。

◎採点バイト
文科省の指定か何かで小・中学生が受けさせられる全国テストの採点を2年連続していました。超機密情報なので作業室に入るのに毎回いろんなチェックがあり面倒だった記憶があります。でもそのあとは座ってカチカチするだけなのでこれまた楽ちんでした。

・辞めた理由
3ヶ月ほどの短期バイトのため契約期間が終了したから(辞めてない)

◎塾講
採点バイトと若干かぶるように始めました。ただ普通の塾とは違って、市が生活保護を受けている家庭のために運営する塾でした。記憶が曖昧ですが公務員扱いだったと思います。講師も大学生より主婦の方や地元のお父さんおじいちゃんが多かったです。なかなか貴重な体験でした。

・辞めた理由
とある理由

◎漫画喫茶
家から徒歩1分のところにあったので始めました。いらっしゃいませ が恥ずかしくて言えませんでした。丁寧に仕事をやるタイプなので速さが求められるのは がびっくりするほど向いてなかったです。

・辞めた理由
先輩アルバイターのほとんどがヤンママで怖かった

◎ラーメン屋
ラーメン大好き東雲さんにとって天職のようなバイトでした。お気に入りのラーメン屋さんが募集してたので始めました。そちらはパリ店もあるお店で、留学中にもお世話になろうと思ってたのですが、移民局の関係で頓挫してしまいました。まかない食べ放題が最高でした。

・辞めた理由
留学したため

◎学童支援員
小学校の学童保育の支援員を夏休み限定でやってました。こちらは完全公務員扱いです。子供たちと遊ぶだけでお金が手に入る、神バイトでした。童心を忘れてない私にとってはもう極楽のような時間でした。本気で鬼ごっこして本気で将棋して本気で叱って。鬼ごっこも将棋も余裕で勝ってしまうのですが、変に手を抜くよりもよいかな、と。なかなかこの職を見つけるのは大変かと思いますが、超オススメです。

・辞めた理由
夏休みが終わったため

◎家庭教師
こちらも超オススメです。塾講よりも家庭教師のほうが楽です。2家庭受け持ってました。ただ、家庭教師を頼むおうちは基本的に ①超教育ママ ②お勉強が苦手な子 のどちらかです。後者はぐんぐん伸びるのですが、前者はママのプレッシャーなどもあり、大変な部分も多々あるかと思われます。留学から帰ってきたときに お給料を上げるからまたお願いしたい と言ってもらえた時はとても幸せでした。名古屋に来ることが決まっていたので泣く泣く断ってしまったのが悔やまれます。

・辞めた理由
留学したため


【とある理由】
何度か出てきたこのフレーズですが、
実は大学1年生の頃、アイドルグループに所属していました。大学で授業を受けている時間以外はほとんどこちらの活動に時間を割いていたと思います。

忙しい時だと

5:30 起床
6:00 出発
7:00 朝練開始
8:00 一時退出
9:00 1限
14:00 3限途中退出(課題終了で退出可)
15:30 公演準備
16:00 リハ
17:00 本番
0:00 帰宅(門限の関係で早退している)

みたいな生活でした。今見るとすごい。

DIYアイドル、を謳っていたのもあり、自分たちでイベントを企画・運営などしておりました。帰宅してから台本を書いたり、ヤバいときは大学の休み時間にとりかかったり、今考えるとどうやって時間を見つけていたのが謎です。

秋学期はだんだん授業に行くのがつらくなり(家から2時間かけて通学していた)、1限をすっぽかして必修の英語の単位を落としました!!!

後日談なのですが、
秋学期の単位を落としたら秋学期に埋め合わせをしなければならず、本来2年生で履修しなければならなかったのですが、留学で免れ、また3年生からはキャンパスが変わるにもかかわらず、1年生と一緒に以前のキャンパスで授業を受ける羽目になりそうでした。
編入で全てチャラになったので良かったです!!!落ちてたらどうなっていたかだなんて想像したくもありません!!!

・辞めた理由
留学したかったため

留学中だけ活動休止、などもできたと思うのですが、留学中は留学のことだけに集中したかったので、所属をはっきりさせたくて卒業しました。
留学から帰ってきてまた東京にいたらよくわからない状況になった可能性もあるので、名古屋に来れてよかったです。


いま改めて思うのは、
時間は作れる
ということです。

時間がない、というのは言い訳で、絶対時間は見つけられます。

勉強時間がない
というのはウソです。そうやって言い訳してるだけ。どこか生み出せる時間があるはずなんです。

○○を諦めて勉強する
というのも、諦めた自分に酔いしれたいだけで、あまり意味のなさないことだと思っています。

サークルもバイトもやったほうがいいよ!!!





*編入後*

【サークル】
念願の鉄道研究会に所属できました。
案の定、紅一点。
そういう状況には慣れている、というよりもはや楽しんでいる、ので楽です。煩わしい人間関係もなく、伸び伸びと過ごせています。

あと最近、ポーカーサークルにも顔を出すようになりました。いつか困った時に小銭を稼げるように今のうちに学んでおこうかな、と。

【バイト】
◎メイドカジノ
カジノのディーラーをしたい!と思っていたら名古屋ではメイドカジノしか見つからず、人生で一度くらいはメイドさんになってみるか!と思いやってみました。あまりにもメイド姿が似合いませんでしたが、持ち前のトーク力でその場をしのいでました。次に海外セレブ旅行(意:おばあちゃまと行く海外旅行)したときは絶対カジノで儲けて来ようと思います。好きなのはブラックジャック、得意なのはバカラです。最近ハマってるのはポーカーです。

・辞めた理由
体力的にキツかった

◎リアル脱出ゲームのスタッフ(現在進行形)
2,3度出戻りをしていますが、一番長く続いているバイトです。
拘束時間がべらぼうに長く、お家に帰るとばたんきゅです。どんどんアイデアを言いたい、カタチにしたい、と向上心がある人にはぴったりなバイトだと思います。また、毎日いろんなことができますし、コンテンツが変わると全く新しいことができるので、変化が苦手でない人にとっては飽きない良きバイトだと思われます。

◎法律事務所(現在進行形)
今までで一番ホワイトな職場です。弁護士さんが法律を守らないわけがありませんから。こちら生協の掲示板で見つけました。掲示板は良い案件が多数あるので大学生の皆様は頻繁にチェックされることをオススメします。会社の事務員のような感じですが、私の主な業務はHP編集です。こちらのバイトでHTMLを覚えました。最近は法律事務に少し関わることもあり、個人情報を扱ったりもしています。調停離婚、おそろしやです…。

◎フレンチレストラン(現在進行形)
ホワイトを超えて、どえらいバイトです。オーナーが太っ腹でもはやお金を頂くのが申し訳ないくらいです。こちらのバイトは近くの大学数校にしか募集を出していないそうなので、やはり大学の情報はチェックしたほうがこういった穴場ホワイトバイトを見つけられると思います。エゴサ力が発揮されますね。
ほぼワイン専門店のようなお店なのですが、安くて1杯3000円です。興味が出た方はお申し付けください!是非きてくださいね!!!


【ひとりぐらし】
躾が割と厳しかったこともあり、念願の1人暮らしは夢のような世界でした。

汚かった実家の自室が嘘だったのかと思うくらい、まあまあ綺麗に過ごせてます。お料理は相変わらずできません。


寂しさは感じたことはありません。
が、
めちゃくちゃ暇です… ひとりって暇です…

暇すぎて、そして人としゃべる時間が圧倒的に減り、そうなると自分の中でいろんなことを考えるようになります。自分の中で何人かがしゃべってるようになります。だいたい、自分の話で持ちきりになります。

すると、だんだん自分の嫌なところばかり見えてくるようになります。許せなくなります。ひとりなので、気晴らしになることをしても頭をよぎってきます。そうなるのならもう何もしたくなくなります。

もうそこからは負のスパイラルで、
暇→考える→嫌になる→外に出られなくなる→さらに暇……


去年1年間はそんなこんなで学校にあまり行けず、大学4年生にも関わらず取得せねばならない単位で溢れている羽目になってしまいました(`・ω・´)


そこでよくよく考えると、
去年1年間を棒にふっていたことに気付きました。
フランス語のレベルは、落ちはしなかったものの、1年間関わっていたのにも関わらず、全く成長しませんでした。

今年度卒業することもできるのですが、単位も卒論も就活も全ていっぱいいっぱいで落第点をギリギリ免れるようなかたちで進んでいいものか?なにも生み出さないのではないか?
と考え、卒業を遅らすことにしました。



留年ではないといいたい!!!!!





編入しない人生のほうが幸せだったのかな
と考えることがないわけでもありません。
もちろんそれは編入しているからこそ言えることなのですが。

でもそうやって環境のせいにするのではなく、
自分で選択したことに責任を持つ、
幸せなのかな?じゃなくて幸せにする!そうなる!
ってやっていくしかないのだと思います。


結局それは、編入前も後も、そしてどんな時でも、変わらないことなのだと思います。