ままならない

SNSで失った日本語能力をブログで取り戻す

一度死んだ人間は強い

 

私は一度死んだ。

死んでいた、とも言えるかも知れない。

うまく表現ができないのだけれども、いつキッパリ死んだわけではなく、かといって時間をかけていたわけでもなく、死に始めてから死ぬまで、一年くらいかかった。

 

死んだ、と過去形にできるのは、それが何か''点''的な時間軸で起こったことだからではなく、いま、生まれ変わった(ている)からだ。生まれ変わりが始まったから、過去の自分を見て、死んだと言える。

もちろんそれも始まった瞬間からわかっていたわけではなくて、この半年くらいを顧みて、いま自分が生きていて、昔の自分が死んだことがわかる。

 

 

中学生のころまで、自分は天才だと思っていた。

高校生のころは、おそらく高校デビューをして、相当調子に乗っていたと思う。かなり周りを振り回したし、厄介者だったし、でも自分は大人だと思っていた。

 

決して暗い子ではなかったはずだ。どちらかというと陽気な、というよりもなんかヘラヘラしていたと思う。

普通に生活できていた。大きな問題は起きなかった。おそらくギリギリのところで起きなかった。周りに人がいると、本当の自分を出せなかった。出す術を知らなかった。そのおかげで、壊れずに済んでいただけだと思う。

だから本当はかなり不安定だった。その不調には気づいていたけど、見て見ぬふりをしていたのか、ほっておいたのか、ただなにもできなかっただけなのか、あるいはその状況を少し楽しんでいたのか、今になってはわからない。

 

なんとか壊れずに高校生活は過ぎ去ったものの、それはただ運がよかっただけで、何も解決はしていない。たまたま高校生の時に壊れなかっただけで、高校生のときに感じていたことは、その後やってくる崩壊の原因の要素にはなっている。要素ブロックを積み上げつづけていただけに過ぎない。

 

大学生になるとブロックを積み上げるスピードがはやくなったし、一部崩壊は何度も起こしていたと思う。年月を重ねるごとに谷の底はどんどん深くなっていった。

パリに留学しているときも、「人生最大級の暗闇」と言っていた。(あとからその発言は更新されることになるが。)自分が本当にやりたいことをやっているのに、ホームシックにもなっていないのに、好きで好きでたまらない土地に住んでいるのに、意味がわからなかった。

 

そして大学3年生の6月ー2016年6月、死んだ。

 

大学3年生1年間の記憶がない。何をしていたのかわからない。どう生命体を維持していたのかわからない。

 

1年間棒に振ったな、と後悔したこともあった。

わかりやすい指標で表すと、大学二年生が終わった時のフランス語のレベルと、大学三年生が終わった時のフランス語のレベルが、まったく変わっていなかった。新しい知識がひとつもなかった。(これは私にとってかなりの屈辱である。)

 

けれども、恋愛やら就活やら家庭環境やらお薬やらの要因が密に絡まりあって、いま、びっくりするくらい違う人間として生きている。

だから、避けられない、必要な、1年間だったんだな、と思えるようになった。

 

たぶんこれは休学していなかったらここまでの真人間に生まれ変われなかったと思う。

「今、社会に出てはならない」と思った2017年8月の自分、ナイス判断。

 

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ここで夜ご飯を食べたため何をいいたかったのか忘れてしまった。

 

とにかく、これからも生き続けるぞ。

 

 

以上、備忘録として。